原家津高郡首部村

原家
津高郡首部村





加賀守は甲斐國武田信虎、信玄2代の家臣として仕えています。いわゆる「武田二十四将」の1人です。隼人は甲斐で討死、その子彦兵衛は宇喜多和泉守直家の家来となって備前岡山で死去しています。その子彦之丞(後彦兵衛)は宇喜多左京進直頼の家来でしたが、関ヶ原の戦いののち浪人して首部(コウベ)村(岡山市)に居住しました。

加賀守――隼人――彦兵衛――彦之丞――与兵衛――+――藤三郎
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                        +――九郎兵衛――喜右衛門――又三郎==次郎四郎――又三郎 ――+
                                            大村氏   天明1   |
                                            寛延3   室大村氏  |
                                                        |
+―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+――圓右衛門――喜右衛門――喜代治 ――喜久治――勝治郎 ――虎吉  ――暉次  ==智夫
   享和3   文政1   文化15  明治9  明治38  吉田氏   昭和38  室公森
   室大村氏                         大正5   室公森
                                室黒田氏

累代の配偶者の実家がほとんど不明ですが、野々口大村家との縁が深いことが判ります。現在はその血脈が絶えているようです。


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