鷹取家・因幡屋
和気郡香登西村
先祖は永禄年中に作州から来て、浦上宗景に仕え、香登城砦の守備を任されていました。鷹取家は作州菅家の系図に出てきます。
庄左衛門は寛永年中に因州候に出仕しますがまもなく致仕して帰郷しています。
九郎左衛門宗政――+―― | +――庄左衛門 ――+――庄左衛門 ――庄左衛門――庄左衛門――庄左衛門――庄左衛門――岩松 ――+ | | 宝暦10 安永5 文政7 文久3 | | | 室石井氏 室小橋氏 室 室 | +――女 +――女 | 清水安正妻 石井秀昌妻 | | +―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+ | +――庄九郎 | +――俊吉 | +――周三郎 ――卯太郎 ――日留夫 ==男 大正8 昭和21 昭和46 森氏 室武用氏 室高原氏 室 室
石井家の系譜を整理する過程で、備前香登の高取庄左衛門という人が気になりはじめました。
石井次右衛門秀昌(元禄四年歿年七十二)の後妻は
「備前香登高取庄左衛門娘享保九年歿年八十二」
となっていて、更に、次右衛門秀昌の嗣子源次郎喜綱(享保十一年歿年六十九)の娘が、
「備前香登高取庄左衛門妻宝暦九年*月**日歿**智心信女」
とあります。石井家の墓碑はほとんどが矢掛観音寺にありますが、同所多聞寺の茶屋中西墓地の近くで、
「**智心信女 宝暦九年*月**日 石井氏伯母 備前香賀登村高取・」
という墓碑を見つけて備前香登の高取家により強く関心が向きました。
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