八木家
窪屋郡栗坂村





清水家所蔵の十五日以前が切れてなくなっている過去帳に、
「受光妙吟、享保二十年、八木小平時妻、行年六十歳、木村才右衛門娘」
という記録があるので八木家について調べてみようと思いました。

倉敷市史に倉敷市栗坂の八木氏の系図が掲載されていて、小平治という名が出ています。系図冒頭の漢文で書かれた由緒書きを部分的に要約してみます(誤植もあるようですし、難解なものなので間違いがあるかも知れません)。

先祖代々天皇に仕え、神武天皇東征の頃に大和国(奈良県)八木の里に住んだので地名をとって姓としました。後一条天皇の、寛仁・治安年中に左京亮に任命されて京都北野に転居しました。その後、官職を辞して、万寿1年に吉備国の小島にやって来ました。当時は浅瀬の海面が広がっていたので、そこを干拓して数十町の耕地を作りました。栗坂近江というものが領地を侵して来て争いとなり、とうとう近江を討ち滅ぼすことになりました。近江の墓は当村の田圃の中にあります。遺った一族にも領地が安堵されたので、子孫も続いて、村は百数十軒が並ぶ繁栄となりました。これが萬壽庄、いまの栗坂村の由来です。大和国八木の里に住んだ親族は代々朝廷に仕え、こちらへ分家があるとの証明もあります。菊桐の紋が入った槍2本、甲冑、釵衣冠などの什器が多く子孫に伝わっています。
小平治定正の頃には、貧乏して三年間地方官としての役職を辞しています。村民はこれを憂いて郡司に訴えたところ、足利将軍家より、家の由緒書きや昔の土地台帳、宝器などを差し出すようにと云われました。命に従って差し出しましたところ、その後何の沙汰もなく、差し出したものも返らないと云う始末です。ですから今は系図もその時の写ししか遺っていません。永享元年、元祖から四百六年経った時のことです。
平左衛門正秀の頃、大永三年五月下旬、夜盗三人に襲われ、一人を討ったが残り二人に逃げられ、家財など失いました。
慶長二年仲春、六郎左衛門正之は病に倒れ、名医に診てもらったが治らず、ある占い博士に相談したところ、先祖の殺生が祟っていると云われて、病平癒を祈願して祠を建てました。
助兵衛正光の妻は窪屋郡三田村守屋五右衛門娘です。
次郎正雅は十一才の時に父を喪いましたが、倉敷代官より下庄村平松金左衛門を後見として父同様に庄官を勤めるように命じられました。

左京亮正業――野牛正次――舎人次吉――蔵人正房――内蔵之介正勝――舎人正春――内蔵之介次正――釆女正時――+
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+―― 一学正時――兵部正三――兵庫正光――縫之介正利――内蔵之介正明――蔵人正督――民部正晴――小民部正守――+
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+――図書某――兵庫正隆――兵庫助正俊――釆女正道――久内正定――久米右衛門正議――太兵衛正経――八右衛門正条――+
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+――八郎右衛門正条――八郎右衛門正宗――十兵衛正恒――徳左衛門正兼――七左衛門正信――小平治定正――三十郎正言――+
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+――三左衛門正輔――五郎兵衛正安――平左衛門正秀――加左衛門正庸――十郎右衛門正輝――八郎右衛門正浄――+
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+――六郎左衛門正之――助兵衛正光――+――七右衛門正重   ――+――五右衛門正胤――+――与八郎尚正――+
            正保5    |             |  天和3     |  正徳5    |
            室守屋氏   |  室中村氏       |  室大賀氏    |         |
                   |             |          |         |
                   +――九郎兵衛       +――七郎右衛門   +――助兵衛    |
                   |  村内別家       |  村内別家       村内別家   |
                   |             |                    |
                   +――平左衛門       +――女                 |
                   |             |  難波直盛妻             |
                   +――女          |                    | 
                      荒木六郎兵衛妻    +――五左衛門              |
                                    村内別家              | 
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+――兵右衛門好正 ――+――兵右衛門正行――+――周介常正    ――次郎正雅――+――喜和
|  元文5      |  明和9     |  安永6       天保11  |  妹尾禮理妻
|  室坪井氏     |  室多田氏    |  室渡辺氏      室三宅氏  |
|           |          |            室明石氏  +――文七正知 ――+
+――女        +――女       +――林蔵                 安政4    |
   大森清右衛門妻  |  芳賀昌暢妻   |  多田家嗣               室小田氏   |
            |          |                            |
            +――順次郎正完   +――女                         |
            |  村内別家    |  児子藤右衛門妻                   |
            |  室坪井氏    |                            |
            |          +――女                         |
            +――女       |  坪井嘉野右衛門妻                  |
            |  某庄兵衛妻   |                            |
            |          +――女                         |
            +――市重郎        難波直経妻                     |
            |                                       |
            +――丹五郎                                  |
            |  村内別家                                 |
            |  室難波氏                                 |
            |                                       |
            +――恒七                                   |
            |  小野家嗣                                 |
            |                                       |
            +――辰三郎                                  |
               室松田氏                                 |
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+――保治郎正平――浅右衛門==鉄夫 ――證道  ――隆男
   明治10         室家女  昭和39  平成15
   室安田氏              室太田氏  室渡辺氏
   室

次郎正雅は、興除新田干拓によって悪水の処理に困っていた澤所の治水問題を解決しています。その功績は汗入水道碑に刻まれて後世に伝えられることになりました。


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