森家岡山城下小橋町

森家・五明屋
岡山城下小橋町





江戸時代中期からの岡山豪商の一つとして挙げられます。
先祖森重郎左衛門が元禄年中、作州より邑久郡五明村へ移住して農民となり、正徳年中岡山城下に分家したということになっています。西店、東店、角店などの分家があり、一族は小橋町で諸物問屋、両替などを営みました。

重郎右衛門(延宝九年に七十三才で死去)の子に、多作、八介、三郎右衛門、重兵衛の四子があり、長男多作は五明で分家を立てたようです。上寺へ移住した重兵衛の三男、四男がともに岡山小橋町へ出ています。三郎右衛門、与一郎と続く流れが直系で、これが北地の家ではないかと思います。
重兵衛の三男か四男が源助孝當に相当すると思われます。

豊原北島神社の寛政三年に建立された灯籠に、願主 岡山小橋町 森源十郎 他とありますが、これは源十郎近知のことと思われます。
天保十二年二月の岡山城下豪商富商の藩への献金簿によれば、森源十郎は惣年寄として金二十両を納めています。これは十七位になります。明治元年からは士分となり、市政支配九等市井長という県の役人になっています。

源助孝當==善左衛門義成――+――源十郎近知 ――善左衛門孝郷――源十郎徳基――善吉孝興――+――源十郎―― 一太郎
享保8   内田氏     |  文政13    文政12    嘉永6    明治7   |  大正7  昭和46
室     天明1     |  室伊丹氏    室       室      室     |  室    室中島
      室       |                               |
              +――女                            +――幾次郎
                 伊賀長十郎妻                          室

源十郎近知(亮阿、了阿)の末娘知乗尼(弘化四歿)は歌人として有名です。


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