森家邑久郡上寺村

森家
邑久郡上寺村





森家の邸址には最近まで長屋門も遺り、屋敷の東には南北に細長い畝麦蔵(せむぎぐら)という飢饉の時に備える米の貯蔵庫もありました。備前藩は宝永三年四月から八月まで干魃、八月から九月に七度の吉井川決壊による洪水がありました。そのため、備荒救済のために蔵を建て、田地一反から麦二升を集めて保管を大庄屋に命じました。享保元年に邑久郡内畝麦蔵が十八棟ありましたが、最後まで遺っていたのが森家の蔵だったそうです。

村史の大庄屋記録
北地村 多右衛門 一期 宝永二年十一月十日~宝永四年十二月十八日
         二期 宝永四年十二月十八日~宝永七年十二月三日
北地村 森多右衛門 三期 元文四年三月二十一日~宝暦九年五月二十二日

豊原北島神社本殿前の灯籠がこの森家によって寄進されています。

長之 ――某――多平能堅――某――+――與兵衛茂能――多右衛門能那――多右衛門能直――+――
延宝8     享保15     |  明和6    寛政12    天保14    |
        室        |  室      室山口氏    室難波氏    +――常吉
                 |                 室          服部家嗣
                 +――助十郎能治

車の河野家に嫁いだ高の実家は大庄屋森家の分家になるのではないかと思います。ただ、この流れが上の系にどのように続くのか不明です。

助十郎能治――常右衛門――+――助十郎能定――+――助二郎能光――松蔵
天明5    文化2   |  天保12   |  安政6    文久2
室            |  室竹内氏   |  室四宮
             |         |
             +――多賀     +――五左衛門
                河野伯淳妻     天保9





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