西江家
川上郡坂本村





高梁川上流域の鉄山抗掘によって下流の農業用水の汚濁が起こるため、上流の鉱山業者と下流の農民との間の争いがずっと続いていました。安永五年春、下流の農民を代表して窪屋郡上林村大庄屋岡重内、三輪村名主渡邊和兵衛、浜村年寄海原重右衛門、生坂村名主間野多利助(諱貞義、当時四十七歳、私より七代前の祖父)、都宇郡西尾村庄屋内田丹蔵、浅口郡船尾村肝煎浅野久兵衛が川水の汚濁に関する調査と交渉を行なったという記録書があります(「湛井十二箇郷用水史」や「新見市史」)。
同年九月五日に湛井に集合、翌六日に成羽迄。七日は雨で逗留、八日早朝に成羽を出発して宇治を経て吹屋に着き、正本屋伊兵衛方に宿をとって、早速坂本村庄屋兵右衛門を訪れて交渉しています。この庄屋兵右衛門が、
「**院**成隣居士 明和七年歿 西江兵右衛門」
であると思います。

西江氏は三浦義明の遠裔で、兵衛佐義がはじめて西江と称し、慶長年中に大蔵清成が坂本村に住んでいます。

治良右衛門  ――四良兵衛  ――兵右衛門  ――兵右衛門  ――平三郎義易――+――廣右衛門義暢――+
享保10     延享3     明和7     文化4     弘化4    |  弘化4     |
室        室       室       室       室      |  室       |
                                        |          |
                                        +――まつの     |
                                           広兼康道妻   |
                                                   |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+――咲
|  芦田家嫁

+――ゆきの


+――源一義睦 ――清一義彰――+――喜恵
|  明治43   昭和6   |  太田篤妻
|  室明石氏   室氏   |
|  室東方氏   室氏   +――瀏義承 ――+――源之介義昌
|         室氏   |  昭和53  |  昭和18
|               |  室柴田氏  |
+――又三郎          |        +==泰三義宗
|  石井家嗣         +――淳義則   |  田辺氏
|               |  家嗣   |  昭和19
+――勝三郎          |        |  室義承長女
|               +――徹     |
|  室            |  明治43  +――妙
|               |        |  森家嫁
+――ぬい           +――正雄義澄  |
   広兼康憲妻           昭和9   +==寛格
                            熊本氏
                            室義承三女

義睦の妻以満は笠岡生江浜の明石氏、義承妻ユウは島根県能義郡伯太町東母里柴田覚次郎二女。泰三義宗は広島県比婆郡小奴可村田辺純一郎三男、寛格は川之江熊本氏。


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