坂田(阪谷)家川上郡日里村

坂田(阪谷)家・岡田屋
川上郡九名村





二代四郎兵衛の頃、延宝八年検地帳に、二町六反七畝二歩の田と一町五反四畝二歩の畑を所有、三代治兵衛の頃には、田畑四町九反八畝の地主となっています。

五代甚平(甚八)は同村友成の伊達家から婿養子に迎えられ、中興の祖となりました。二町七反六畝七歩の田と一町一反九畝七歩の畑を所有して高合計二十四石となっています。
延享二年に酒造を始め、天明五年に二五〇石仕込んでいますが、天明の飢饉により同六年に半減、同七年には三分の一まで減少しています。
領主戸川氏から坊主格を賜り、坂谷から坂田と改姓しています。明和四年に中風を患い八十一才という高齢で死去しました。

寛延二年に御札座役となり札屋と呼ばれるようになりました。
六代甚兵衛宗房も中風で亡くなっています。妻は小田郡宇内村片岡氏です。

坂谷
四郎兵衛――四郎兵衛――治兵衛――+――喜左衛門
万治2   元禄6        |
室     室     室    +――左治兵衛――+――女
                    宝暦5   |  中村家へ
                    室     |
                          +――女
                          |  竹井家へ
                          |
                          |  坂田
                          +==甚平 ――+――女
                          |  伊達氏  |  中村家へ
                          |  明和4  |
                          |       +――女
                          +――女    |  三宅家へ
                                  |
                                  +――女
                                  |  伊達家へ
                                  |
                                  +――甚兵衛宗房――+――五郎
                                  |  文化1    |  称昌谷
                                  |  室片岡氏   |
                                  |         +――三五八良哉――+
                                  +――女      |  天保8    |
                                  |  猪原家へ   |  室山成氏   |
                                  |         |         |
                                  +――女      +――安吉     |
                                     山成親道妻  |         |
                                            +――金作     |
                                            |  慶應1    |
                                            |  室伊達氏   |
                                            |         |
                                            +――美寿     |
                                            |  三室家へ   |
                                            |         |
                                            +――利世     |
                                               山成大年妻  |
                                                      |
+―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+――女

+――友次郎端一 ――+――雅夫  ――+――快太郎 ――+―― 一男
|  明治13    |  明治23  |  昭和6   |  昭和31
|  室平尾氏    |  室渡邊氏  |  室渡邊氏  |
|          |        |        +――二三子
+――女       |        |        |  近藤見長妻
|          |        +――鉄     |
+――楢蔵      |        |  阪田貢妻  +――日出子
|          |        |           田坂家へ
+――女       |        +――愉三郎
|          |           昭和21
+――素三郎     |           室楠原氏
           |
           +――丈助  ――+――英策
           |  明治32  |
           |  室     +――明
           |        |
           |        +――耐二
           |        |
           |        +――琢三
           |
           +―― 三女
           |
           +――良一郎    ――こ志け
           |  明治22     中塚脩一郎妻
           |  室
           |
           +――女
           |
           +――桂作  ――+――貢
           |  大正12  |  昭和18
           |  室猪木氏  |  室阪田氏
           |        |
           |        +――富貴子
           |        |  吉富恵妻
           |        |
           |        +――満作  ――+――真太郎
           |        |  昭和16  |  平成14
           |        |  室中村氏  |  室立本氏
           |        |        |
           |        |        +――男
           |        |        |  室
           |        |        |
           |        |        +――耕三郎
           |        |           昭和19
           |        |
           |        +――千年
           |        |
           |        +――禾麿
           |
           +――実
           |
           +――浪三郎

丈助丈(丈平、警軒):教育者・漢学者・政治家。
雅夫(待園):蘭方医。

快太郎は東京帝国大学医科大学を卒業して第三高等中学校医学部の初代外科教授となり、岡大医学部外科の開祖といわました。明治四十三年に辞任して岡山市内西川に坂田病院を開業しました。初代の岡山県医師会長を務めています。
一男:洋画家。

明:助産婦。東京都助産婦副会長・会長、宮内省侍医課嘱託。

貢は浅口郡乙島で開墾工事を行っています(坂田新開)。

金作  ――+――治平 ――+――太一郎――+――頴三
慶應1   |       |       |
室伊達氏  |       |       +――譲三 ――+――女
      |       |               |
      |       |               +――隼子
      |       |               |  池田源太郎妻
      |       |               |
      |       |               +――節子
      |       |                  守屋寅之助妻
      |       |
      |       +――軒一郎――+――徹之真
      |               |
      |               +――不二麿
      |
      +――五兵衛   ――謹次郎   ――愛一

金作は、兄良哉が領主戸川家のために撫川において奉職するため、かわって宗家八代を相続しました。勤倹で家産を興し、帯刀を許されています。
軒一郎は後月銀行初代頭取、不二麿は地質学者(理学博士)。

素三郎素(希八郎、子絢、朗廬)は後月郡簗瀬村桜谷に桜渓塾を開き、興譲館が創設されると館長となっています。漢学者・教育者として有名です。

素三郎素――+――礼之介    ――礼之進
明治14  |  明治6
山成氏  |
      +――次雄
      |  明治20
      |
      +――達三
      |  明治19
      |
      +――芳郎  ――+――希一
      |  昭和16  |  室三島氏
      |  室渋沢氏  |
      |        +――敏子
      +――時作    |  堀切善次郎妻
               |
               +――和子
               |  高嶺俊夫妻
               |
               +――俊作
               |
               +――八重子
               |  中村貫之妻
               |
               +――千重子
               |  秋庭義衛妻
               |
               +――総子
                  伊藤熊三妻

朗廬の妻京(恭)は後月郡簗瀬村の山成直蔵の二女。
芳郎は大蔵官僚・政治家で、妻は渋沢栄一の二女琴子。



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