和気家
都宇郡松島村





和気氏は遣唐使で有名な和気清麻呂を遠祖とする一族で、近世のはじめに大坂の陣で落ち武者となった治左衛門が備中南部に帰農しています。治左衛門が帰農したという所は、都宇郡松島村(倉敷市)と云われ、この付近には今も和気姓が多いようです。米倉の和気家の屋号は「松島屋」といいますので、恐らく、この地の領主として戦国時代に或る程度の勢力を維持していた一族から天下を争う戦いに参じた人が、戦乱の世の終わりを知って、一族を挙げて新田開墾に力を入れたものと思います。
明治3年の宗門改帳によると、松島村の庄屋は、

真言宗檀那寺都宇郡鳥羽村宝幢院

小十郎  歳63
 4月13日名主御免、5月6日里正被仰付候
子 礼朔 同38
礼朔妻
  嫁 同33
同人子
孫 小之治 同8
孫 題次郎 同5
娘 うめ  同18
合6人内 男4人、女2人
牛1疋
外に
礼朔娘
孫 まさ  正月26日生
下人 林吉 歳32
当村嘉傳二弟

都窪郡誌32頁によると、明治5年3月時点での松島村戸長は和気禮朔とあり、これらの資料を元に松島の共同墓地を捜してみると、庄屋の墓が見つかりました。家紋は一部米倉新田の和気家の紋と一致しているのが興味深いと思います。

與十郎・・小八郎好寛――小八郎――小十郎宥福――小八郎良眤――小十郎――+――禮朔清道 ――+
     室氏    宝暦12 文化14   弘化2    室三宅氏 |  室都志氏   |
                        室都志氏        |  室磯部氏   |
                                    |         |
                                    +――二女     |
                                    |         |
                                    +――國      |
                                    |  高草誠齋妻  |
                                    |         |
                                    +――うめ     |
                                              |
+―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+――小之治壽清――毅一 ――+――正之
|  昭和6    昭和50 |  昭和25
|              |
+――題次郎         +――匠
|              |  昭和30
+――まさ          |
|              +==男
+――小一
   明治39

「澤所沿革史(大正9年)」という江戸時代の用水関係文書を集めた本によると、
寛文7年の文書に、「松島村名主、與十郎(和気小次郎)」()内は子孫名
元禄三 小八郎
元禄8年の文書に、「松島村名主、小八郎(和気小二郎)」大庄屋
宝永四
正徳4年の文書に、「松島村名主、小八郎(和気小之治)」
安永10年の文書に、「松島村名主、小十郎(和気小十郎)」
明和1年の文書に、「松島村名主、小十郎(和気小之治)」
明和三年
明和五年
文化十年 小十郎
文化十三年 富次 富八
嘉永6年の文書に、「松島村名主、小十郎(和気小之治)」
明治三年 小八郎
明治十三年 禮朔
大正九年 小次郎(小之治)
     小十郎


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