橋本家
下道郡新本村



吉備郡誌によると、下道郡新本村本庄(岡田領)の庄屋一覧は次のようになっています。

橋本七郎右衛門 寛文8年11月5日~元禄2年8月2日  名護氏
同 権助    元禄2年8月2日 ~宝永1年9月3日  名信清
同 清右衛門  宝永1年9月3日 ~享保2年3月10日 名護堅 備中重宝記正徳4年新本村十右衛門
同 圓右衛門  享保2年3月10日~宝暦8年9月15日 名護豊
同 虎蔵    宝暦8年9月15日~享和4年2月4日  名護長
同 半蔵    享和2年2月4日 ~文政7年6月13日 名昌秋
同 権六    文政7年6月13日~嘉永6年6月6日  名資秋
同 新左衛門  嘉永6年6月6日 ~安政6年7月17日 名護新 秘録に新本村橋本新左衛門外1人
森脇伴之丞   安政中                 村鑑
橋本晋平    慶応2年4月12日~明治維新      名護永



新本の宅源寺裏にある広大な墓地にはかなり立派な石塔が林立しています。中に寺の住職の墓碑も混ざっているようですが、これらを整理しながらまとめてみました。親子関係を書いてあるものがほとんどないので、仏名と歿年月日、墓碑の位置関係などを参考にしました。

七郎左衛門護氏――+――小熊
元禄10     |  西島信清妻
         |
         +――護家
         |  分家
         |
         +==伊三右衛門護義――清左衛門護堅==圓右衛門護豊――清右衛門護長――+==権六資義 ――+
            小熊の子     室冨山氏    護家の子    享和4     |  江原氏    |
                             宝暦8     室田中氏    |  室家女    |
                             室田上氏            |         |
                                             +――資久     |
                                             |  池田家嗣   |
                                             |         |
                                             +――政之丞資菫  |
                                             |         |
                                             +――薫      |
                                                田中義抽妻  |
                                                       |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

+――新左衛門護新==晋平護永――+――修吾
|  嘉永6     石川氏   |
|  室守安氏    明治20  +――女
|          室亀山氏  |  田邊家嫁
+――桂助            |
   池田家嗣          +――七郎
                    田上家嗣

家紋は木瓜ですが、護實の妻三宅氏の墓碑には丸に酢漿草、つまり実家である射越屋三宅家の家紋が彫られています。護新妻は窪屋郡山手村宿の大庄屋守安三郎右衛門の娘、護永は辻田村の池田桂助茂則の娘婿養子となった永則の実弟のようです。父は成羽藩士族石川蔀永政とあります。

十右衛門護家――+――圓右衛門護豊
享保18    |  護堅跡嗣
室小野氏    |
        +――平次兵衛護次――+――古松軒  ――+――正孝――保悟三――友次郎――原泉  ――+――亀市
           宝暦14    |  文化4    |                明治20  |
           室池田氏    |  室浅野氏   +――護孝                  +――二亀一
                   |         |
                   +――須加     +――辰則
                      三宅仁安妻

亀市氏は北海道へ移住したそうで、二亀一は古松軒夫婦の墓碑の傍らに
正五位古川平次兵衛橘正辰、大正4年4月
という碑を建てています。

七郎左衛門護家――+――平次兵衛護次――+――平次兵衛正辰――+――磯太郎護孝 松田魏樂嗣 
享保18         |  宝暦14    |  文化4     |
室小野氏     |  室池田氏    |  室浅野氏    +――友次郎正孝
         |          |          |
         +――護豊 本家嗣  +――清兵衛護周   +――女 石川久永妻
         |             大坂へ     |
         +――十右衛門護實             +――豊作辰則
         |  天明8                |
         |  室三宅氏               +==石川永政   ――+――晋平 本家嗣
         |                        久永男      |
         +――護雄                             +――熊太郎 石川家嗣
                                           |
                                           +――顕名 久米家嗣
                                           |
                                           +――女 笹川家嫁

十右衛門護實==某   ――貞蔵護吉==七郎右衛門護厚――虎之進護次・・・士郎  ――樟雄
        室護長娘  文久3   綱島氏      明治24    金沢氏   昭和19
              室佐藤氏  明治24             昭和40
                    室護吉娘             室北村氏

                                       ・・・武夫
                                          池田
                                          昭和53
                                          室本庄氏

武夫は古松軒生母の実家になる池田家から橋本家を嗣いだようですが、墓碑に彫られている家紋は菊水になっています。

護氏  ==護堅 ――護雄   ・・・・齋藤信一
元禄10  享保6  天明7      昭和42
室明石氏  室家女  室佐々井氏    室池田

護氏の墓碑(自然石の巨碑)側面には大きな木瓜(もっこう)紋が入っています。丸に右三巴紋の入った齋藤信一夫婦の墓碑がどうしてあるのかよく解りません。室池田氏というのは、岡田藩士族池田文吉母サト長女初枝とあり、宅源寺には齋藤初枝の表札もかけてあり、株家の齋藤氏が住職を継承していたのかも知れません。初枝と上記の武夫はきょうだいのようで、古松軒生母の実家になる池田家と橋本家の長~い親族付き合いが続いていたことが解ります。

田上
程次郎・・・七郎――――護之
護永次男  昭和12  昭和17
明治23  室中島

             ・・・勝義
                平成1

この田上氏の関係もよく判りませんが、前記の圓右衛門護豊妻の実家と関係があると思います。
吉備郡誌に挙げられている昌秋、資秋の墓碑は宅源寺にはありません。



宅源寺から少し離れて橋本姓が集まっているところがあります。河西家から嫁いだ人の墓碑を確認した所にけっこう古い墓碑があるのに注目しました。ここの墓地には、
享保13、9、6、○○無忍居士
享保6、7、24、○○妙本信女
からの墓碑があり、それから以後の代々の当主の諱通字に「護」が使ってあり、姓は「橘」と彫られていますので、宅源寺に墓碑を連ねている庄屋橋本家の分家筋になるのだろうと思います。

無忍――――弥右衛門――太三郎護久――平兵衛護長――柳左衛門護貞――貞二護政――歳太郎 ==郁三  ――+――實
享保13  元文1   寛政9    天保14   万延1     明治22  明治29  前原氏   |  昭和18
                   室鳥羽氏   室橋本氏    室中村氏  室難波氏  昭和32  |
                                        室守屋氏  室家女   +――謙吾
                                                       前原家嗣

この家の2、3代目辺りから分かれたのが次の系統だろうと思います。

治郎右衛門――治郎右衛門――+==治郎蔵護寿   ――多作護明 ==準一護貞
寛政5    天保5    |   風早氏       明治43   橋本氏
室高見氏   室佐野氏   |  明治17      室秋山氏   昭和31
              |  室護實姉             室三宅氏
              |  
              +――勘十郎護實――+――徳太郎護篤
                 明治33   |   昭和2
                 室綱島氏   |  室河西
                        |
                        +――女
                        |  河西之信妻
                        |
                        +――福太郎  ――礎一
                           昭和4    平成4
                           室岡氏    室国光氏

ここの墓地には少なくとも3軒以上の株家の墓があるように思います。



さて、ここからやや東よりの所にもう1つ橋本姓の墓地を見つけました。
明和1歿○○良務居士
からの墓碑があるようですが、

惣平正族===登右衛門在正――閑一郎實正――正護  ==護成  ――護孝  ――正護
寛政10   窪津氏     安政3    明治29  福田氏   昭和10  昭和55
       文化6            室継邊氏  昭和4   室真野氏
                            室継邊氏

というような流れになるようです。


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